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平義久

1 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 04:02:16 ID:QQFL7u1g
フランスで活躍した日本人作曲家、平義久(1937-2005)のスレです。

ウィキペディア日本語版 平義久
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%BE%A9%E4%B9%85
ラジオフランス経歴
ttp://www.radiofrance.fr/chaines/france-musiques/biographies/fiche.php?numero=5000068
IRCAM経歴
ttp://brahms.ircam.fr/textes/c00002036/

その他のリンク等は>>2以降に。

2 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 04:03:08 ID:QQFL7u1g
ピエール・イヴ・アルトーによる追悼文抜粋
ttp://www.lemonde.fr/cgi-bin/ACHATS/acheter.cgi?offre=ARCHIVES&type_item=ART_ARCH_30J&objet_id=892750
平義久オーケストラ作品集Fontec
ttp://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005EZY8/qid=1148237708/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/250-2051285-6405854
水戸室内管弦楽団音楽紙Vivo (PDF)
ttp://www.arttowermito.or.jp/musicpdf/vivo082.pdf
fnac - Yoshihisa Taîra
ttp://www3.fnac.com/item/author.do?category=classic&id=145287

3 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 04:14:55 ID:QQFL7u1g
個人的には僕の先生だった人なので思い入れは深い。
エコールノルマル音楽院での授業は、集団だったため当然日本語禁止。クラス外、例えばカフェなどでは別だが。
特に音色や間合いの取り方などについては厳しい意見を持っていた。
自作を持ってきて良く見せていたが、システムを語るようなことはめったになく、抽象的な説明が多かったと思う。
その一方で、僕がダルムシュタットをはじめ外部の講習会などの機会へ参加することは快く奨励してくれた。
作風などについては以前ウィキペディアにまとめたし、当面大きな事柄を付け足すことはないと思うので
そちらを参照されたし。

僕が習い始めた頃は既に体調が思わしくなかったが、日を追って悪くなるのが気の毒だった。
僕が完全帰国する前日にパリ郊外のボワッシーにある静養所へ見舞いに行ったのだが、
そのときが最後の面会となったのが惜しまれる。
亡くなった時にはパリの葬儀へ出向いたが、盟友であったピエール=イヴ・アルトーが葬儀全体の
進行役を務め、また師でもあったデュティユーをはじめ、イヴォンヌ・ロリオ、ポール・メファノなど
多くの作曲家・音楽家が参列していた。

4 :Mimikamoerer ◆MG64yE6TCE :2006/05/22(月) 04:34:28 ID:DCMN6VB4
30年代生まれで
真にオリジナルと評価された日本人の作曲家は
実はこの人だけ。

5 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 04:38:08 ID:QQFL7u1g
さて肝心の追悼企画だが、フランスでも日本でも現時点までで全くない。
厳密に言えばエコールノルマル音楽院でピエール=イヴ・アルトーが立てた企画として
生徒たちの演奏で追悼演奏会を行ったことになっているが、
これは従来の作曲学生の発表会の枠だったものに急遽平先生の作品を数曲入れたもので、
演奏会全体で彼の作品のみを取り上げるようなものではなかった。
その後没後一周年に際してアルトーが何か企画を立てていたそうだが、結局実現していない。
アルトーですら実現できないと言うことは何かしらの問題が発生しているのだろうが。

で、ここからは個人的意見だが、なにも追悼演奏会を開くことに関して、例えば遺族に相談しないと
動けないとか、そういう小回りの効かない事を気にしていたら切りがないんじゃないか。
少なくとも楽譜に関しては出版社を窓口にすればいいはずだし、著作権管理から言ってそれが普通だ。
Rideau Rougeはデュランに吸収合併されたから、今の彼の楽譜の管理はデュランが行っているはず。
じゃあ企画主催者は誰がやるのかと言う話になるが、パリでやるとしたらどう考えても
エコールノルマル音楽院がその任を負うのが最も適役だ。
アルトーのような最も作曲家の近くにいた演奏家を教授に抱えているし、レジデンスのアンサンブルだってある。
響きのいい重要文化財のホールだって自前で持っている。
彼らが協力してくれれば、室内楽の演奏会だったら満足いくレヴェルのものがすぐに出来そうな気はする。
あとは僕ら卒業生で彼の弟子がどれだけ動けるかだ。

じゃあ日本では誰がやるのか・・・これはちょっと棚上げだな。僕自身も今は日本を離れているし。
何か名案でもあればいいのだが。

6 :Mimikamoerer ◆MG64yE6TCE :2006/05/22(月) 04:51:21 ID:DCMN6VB4
>>4補足。もちろん30年代生まれには逸材は多い。しかし初期グレツキの某とか初期ブッソッティの某のように
もどきで終わった輩が多いのもまた事実なのだ。

平は自分も武満やドビュッシーのもどきと感じながら、
なおかつ70年代後半以降も努力と探究を失わなかったことが大きい。
モクシャ・ヴィモクシャ冒頭のまるで「日本刀を振りかざすような」トーンは
他の誰が実現できたか?

あまり言及が少ないが、「少ない道具でより効果的に」かかれることが多いために
エクリチュルに衒学趣味が少ないこともあって、比較的とっつきやすいのも、受け入れられた要因の一つだった。
ので、室内楽のみの個展は比較的楽に実現できるような気がするが、、。

7 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 04:51:32 ID:QQFL7u1g
あーfnacのリンクがトレマじゃなくてアクサン・シルコンフレックスになってる。
正しくはTaïraね。aiはフランス語ではエと読まれるので、トレマが無いと「テラ」になってしまう。

8 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 04:56:10 ID:QQFL7u1g
>初期グレツキの某とか初期ブッソッティの某
その「初期ブッソッティの某」を追悼した曲というのもあるのだが・・・
そういえば2004年4月に石井眞木が亡くなった時、授業後にその訃報を伝えたらものすごく残念がっていたな。

>「少ない道具でより効果的に」かかれることが多いために
本人も「メディタシオンの楽譜を見せると皆『もっと複雑にかかれているかと思った』と言ってびっくりする。
僕のオーケストレーションは経済的かつ効果的に考えられている」
と授業で言っていた。フランス語だったのでこの通りだったか定かではないが大体こんな意味。


9 :Mimikamoerer ◆MG64yE6TCE :2006/05/22(月) 05:00:55 ID:DCMN6VB4
結局、楽器から出る部分音や倍音の成分比率を
わかって作曲してるかどうかだった、と。
最近は、解ってないのばかりデビューするので、余計彼の独自性が際立つ。

10 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 06:58:31 ID:QQFL7u1g
>>9
そー。IRCAMでオーケストレーション補助ソフトウェア計画についてのコンフェランスを何度も聴いているが、
楽器ごとの倍音スペクトルをコンピュータに頼って数値化して最適な音響を選ぶ、なんてことをやる前に
そんなの手工芸職人としての作曲家だったら、「鼓膜の肌触り」として耳で覚えていて当然だろーが!と
いつも心の中で突っ込んでいた。

でも平義久の本当の魅力は、オーケストレーションではなくむしろテンションだと思う。
そのテンションも、瞬間の音響をぱっと断ち切ることでその残響が感覚的に跳ね返ってくることを想定した
オーケストレーションによるところが大きいんだけどね。もちろん数楽器のみの室内楽についても同じ。

11 : ◆30rKs56MaE :2006/05/22(月) 07:15:23 ID:QQFL7u1g
・・・と>>10では書いたが、IRCAMの自動オーケストレーションについて、
もちろん技術革新のためのエンジニアの皆さんの努力は尊敬している。

平義久の曲の説明について「残響のコントロール」という言葉を使ったのはどの本だったっけ?
本ではなくCD解説かもしれない。
しかし少なくともフォンテック、およびユネスコのCDの日本語別冊解説には書いていない。
それこそそのテンションを表す最も的確な言葉だと思うが。

12 :7分74秒:2006/05/22(月) 18:25:30 ID:VHWU+JAI
今堀ってヒマなんだな
まあいいんだけど

13 :7分74秒:2006/05/22(月) 23:06:35 ID:FxYcVT8O
>>4
それは「ヨーロッパで」ってこと?
それなら、60〜70年代の日本の作品や批評精神を知らないってだけのことじゃない?
ヨーロッパに漬かった人が言っていた「オリジナル」は、
日本では盲信していない人も多かった。だからすぐれた作曲家がたくさん出た。

もちろん、平は非常にすぐれた作曲家だったけど、しかし、武満世代に並ぶかと言われると、
武満世代の方が、さらに数段上(八村も)だと思うな。

メディタシオンの終いの声部の重なりを聴くと、松村の前奏曲の精緻さと比べてしまう。
そりゃ全然違う曲だけど、それにしてもメディタシオンは、ほんとに一直線だもんな。

14 :7分74秒:2006/05/22(月) 23:08:17 ID:FxYcVT8O
いや、下手とか非力で一直線になったんではなく、むしろ「一直線にしようとした」んだって思うよ。
それどころか、ほんとは、はっきり言って、もとは松村の方が「下手」なんだと思うけど、
あの形になる他ない音の力を聴き当てる意欲と吟味力は、はるかに松村の方が強い。

それにやっぱり「一直線にしようとした」でいいかどうか、疑問もあるな。

こう言っといてなんだが、サントリーかなんかで個展やるとしたら、
メインはメディタシオンにしてほしい。1曲目の切れ味とテンションはいいな。
(他にもいい曲あるけどさ。)

あと、お亡くなりになる前に、サントリーの個展をやるべきだった(雑魚は後回しにして)。


15 :Mimikamoerer ◆MG64yE6TCE :2006/05/23(火) 01:31:04 ID:egBXTRJN
>>13 60-70年代の日本型前衛は当時はそれなりに面白かった、だろうな
という類いの作品が多いんだよ
特に初期グレツキの○○、あれはマゾンナもびっくりの初期グレツキの作品を知らない人々への
アピールとしては成功でしょうよ

武満はまた聴きなおしているけど、ほとんどの場合ピアノスコアで発想しているから
テンションの切れ味はやはり鈍い
結局発想していなかった時期、ウィンター、マジナリア、アステリズムあたりで
彼は世界的に評価されている。80年代以降はアメリカのオケのレヴェルにあわせて書いてた、
彼は運が良かった

日本の作曲史は、また20-30年後に書き直さなきゃならないだろうなと思う
本当に優れていた人は、誰だったか。

16 : ◆30rKs56MaE :2006/05/23(火) 17:57:49 ID:oToucyEL
メディタシオンやクロモフォニーの最後の声部の重なりは本人も無限カノンと呼んでいたようだ。
平の音楽は構成に関しては割と古典的。フルート協奏曲も対立する2つの主題(全体の音響でという意味だが)
を提示させ、最後には長いカデンツァが出てくる。ただ、70年代までは割とバラバラのフレーズを繋ぎ合わせて
一つの曲にしており、メシアンの何楽章もあるような構成の曲に近かった。
例えばイエロフォニー1-5など。特に3は初めての大規模オケ曲ということもあり、全曲の構成がまだ明確ではない。
メディタシオンやクロモフォニーに関しても、全体の構成はずっと堅牢になっているものの、同様のことが言える。
それに対して80年代以降は全曲で一つの流れを構成するような滑らかな作風に変化していった。

17 :7分74秒:2006/06/12(月) 17:48:31 ID:iWgLTwVJ
Fu Mon

18 :7分74秒:2006/06/19(月) 21:36:04 ID:xg+cjZiT
フォンテック版以外でこの人のCDはないんですか?
もっとこの人の曲が聞きたいです

19 :mac-varese-1231.ircam.fr ◆30rKs56MaE :2006/06/20(火) 01:22:48 ID:jzY6ZfEI
>>18
>>2のfnacのリンクを参照。メディタシオンは押さえておいて損は無い。

20 :18:2006/06/22(木) 23:26:07 ID:ScY42bwy
>>19
ありがとうございます
探してみます

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